KOKA´S LANDSCAPE

本校に入学された159名の皆さん、ご入学おめでとうございます。また保護者の皆様方におかれましては、お子様の中学へのご入学、心よりお祝い申し上げます。在校生と教職員も、皆さんの入学を心より歓迎申し上げます。私は四月一日より本校の校長になりました、西山恵子です。入学式にあたって、一言お祝いの言葉を申し上げます。

四月三日から四日にかけて、生徒の皆さんはオリエンテーション合宿をサンライズ九十九里で行いましたね。行きのバスでは、不安がいっぱいだったことでしょう。何をするんだろう、友達ができるかな、ちゃんとおしゃべりができるかな、などなど。でも、わずか二日間でしたが、皆さんの変化が目に見えてあらわれてきました。自己紹介や、クラス対抗ミニ運動会で、クラスの仲間意識が芽生え、ミニ運動会最後の種目であるフラフープリレーでは、一生懸命クラスの仲間を応援していましたね。

そして二日目のクラス目標作成の頃には、最初の不安は大分なくなったことでしょう。
A組は「絆」、
B組は「一人一人が助け合って笑顔あふれるよりよいクラスを作っていこう」、
C組は「学校生活のけじめをつけ笑顔とあいさつがあふれる明るいクラス」、
D組は「学び合い、助け合い、高め合おう」、
という言葉を自分たちで選び、作りました。皆さんは、このクラスの目標のもとに、中学校生活を過ごしていきます。一人一人が自分のクラスの画用紙に貼った、ハートや四葉のクローバーのシールに書かれていた個人目標、例えば「晃華学園生活に慣れ、勉強や部活に励みたい」、「感謝の気持ちを忘れないで素直に生きる」、「なんにでもチャレンジする」、「みんなと仲良くなって、毎日を明るく楽しく過ごす」、「個人個人の尊重」、「本を1年間に300冊以上読む」などなど。全部を紹介できないのが残念ですが、皆積極的な内容で、これからの中学校生活への決意があふれていました。入学式を迎える前に、このような気持ちが持てるのは、とても素晴らしいことです。

さて、オリエンテーション合宿では晃華学園がミッションスクールで、イエスの教えに従って人を教育する『使命のある学校』だとお話しました。また、人の生き方のもとになる心を育てながら、勉強も大事にする学校だとも言いました。では、具体的にはどのような方針で教育するのか、今からお話します。
本校は創立以来、カトリックの中のマリア会系の学校、つまりイエスの母マリアに捧げられた学校として、世界のマリア会系学校に共通の5つの特徴に基づいて教育をしています。
1、カトリック精神に基づいた教育
2、質の高い全人教育
3、家庭の精神における教育
4、正義と連帯、平和のための教育
5、時代の変化に適応できる教育
この5つの方針には、教育に必要な要素がすべて含まれていますが、この中のうち中学生にとって特に大切な3つに光をあててお話します。

まず、家庭の精神ですが、これは全世界のマリア会系の学校に固有の特徴です。本校では、生徒たち自身が、自分たちをよく理解して、最良のものを与えようと努めている教員たちと、良好な関係を保ちながら学んでいます。

次は、質の高い全人的教育を提供すること。ここでも全教員が、生徒の様々な面、つまり、知的・身体的・文化的・精神的な面の調和を図る努力をしています。生徒を助けてその才能を発見させ、生徒自身と世界全体のために、生徒の才能を役立てるように導いています。

最後に、時代の変化に適応できる教育について。晃華学園は、絶えず進展する世界の中にあります。そのため、時代の変化を見極め、柔軟に適応するための教育をしています。優劣や勝敗を競うのではなく、おかれた環境の中で自分の役割・責任を果たせるように、生徒の育成に努めています。

以上、本校はこのように教育をしておりますが、生徒の側でも、日々の授業を中心にコツコツと努力を重ねていくことを晃華学園は期待し、強く望んでいます。

最後になりましたが、新入生の保護者の皆様、本日ここに、かけがえのないお子様をお預かりしました。私達教職員一同、一人一人が神から愛されたこ子として、愛情深く、全力で、しっかりと教育し、成長を支援してまいります。そのためには、学校とご家庭が協力し合うことが何よりも大切です。皆様のご支援・ご協力をお願いいたしまして、式辞とさせていただきます。

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まず晃華学園中学校を代表して、これまでご協力いただいた保護者の皆様に、心からの感謝とお祝いを申し上げたいと思います。本日はお子様のご卒業おめでとうございます。

そして中学校を卒業する皆さん、本当におめでとう。卒業証書には、「中学校の全課程を修了したことを証する」と書いてあります。法律で定められている義務教育を終え、今後は自らの意志と判断および責任において、高等学校の教育を受けることになります。皆さんがこの日を迎えることができたのも、保護者の方々の深い愛情と支援、地域の方々の援助、教職員の熱心な指導の賜物であると思います。

本日での晃華学園中学校におけるすべての学習活動が終わりました。皆さん、この3年間、本当によくがんばりました。私も、皆さんのがんばりのおかげで、充実した時間を過ごすことができました。卒業を前に、皆さん一人一人と面談をしましたが、それぞれ違いはあっても、3年間が充実した日々であったことを感じました。素晴らしい学年、またこの1年は素晴らしい中学最高学年となりました。皆さんは誰もが尊敬できる先輩となりました。

皆さんが学んだのは、これからの人生において必要な基礎的な力と、自ら考え判断し、実行する力、さらには望ましい行動をすることができる心の力でした。その心の力が、これからの生活を支えるでしょう。

今、いろいろな思い出が心をよぎっているかもしれません。中学に入ってすぐのオリエンテーション合宿、思い切り体を動かした体育祭、工夫をこらした文化祭、ドキドキしながら舞台に立った合唱コンクール、楽しかった学習旅行、まだまだあるでしょう。その思い出を大切に、これからの日々を過ごしてください。そして一日一日をしっかり生きましょう。これは神様が切に願っていらっしゃることです。真摯に生きる人の望みを、神様は叶えてくださいます。

「求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば見つかる。門をたたきなさい。そうすれば開かれる。誰でも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。」(マタイ6―7)

改めまして、保護者の皆様、お子様のご卒業、誠におめでとうございます。卒業生の今後の健やかな成長を念じて、告辞といたします。

本日で、平成28年度における晃華学園中学校高等学校のすべての活動が終わり、明日から年度と年度の接続の時期である春休みに入ります。そして春休みが終わると、それぞれが新しい学年で新スタートを切ることになるのです。皆さん一年間の多くの学習を終え、よく努力し、そのすべてを学び終えました。この一年間よくがんばりました。

ところで、16日には皆さんの先輩の卒業式がありました。全員が立派に卒業してゆきました。

卒業生の答辞の中で、ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんのメッセージが紹介されました。生徒と先生、一冊のノートと一本の鉛筆、これが世界を救うのだ、という授賞式でのメッセージで、教育を受けることの大切さを訴えています。ここでは少し視点を変えて、なぜ教育を受けることが大事か、考えてみましょう。

「わたしはアルファであり、オメガである。」と神様はおっしゃいます。最初と最後があるわけです。ところで日のめぐりは春夏秋冬、1月から12月のめぐりです。最初と最後があるとすると、それは矢印の直線ですが、一方で日のめぐり、季節のめぐりは円環的にぐるぐる回ります。この二つを合わせると、螺旋的に上昇していく、螺旋階段のような世界ができあがります。

学校は1学期、2学期、3学期と繰り返しますが、中1から高3まで皆さんは螺旋階段を上りつつ、知力を高めるのです。学ぶというのはこの円環的で上昇的な世界で活動することであるのです。学びの円環的規則性が生活のリズムに入ることが必要です。

皆さんはひとめぐりを終え、新たな学びのステップに入ります。4月にはかわいい新入生が緊張しながら学校に来ます。皆さんはよきガイドとして、新中1を学校のリズムの中に引き入れてください。春休み期間中に、尊敬される先輩、信頼される先輩、愛される先輩になるためには、自分はどのようなことをしなければならないのか、どのようなことができるのか、自分自身のことを考える時間をぜひとってください。

また新年度の始業式、4月8日に元気な顔を見せてください。

数日前の寒さから一転し、春を感じさせる今日の日に、卒業生の皆さんに卒業証書を授与いたしました。ご卒業おめでとうございます。保護者の皆様にも、心からお祝い申し上げます。また、本日多数のご来賓の皆様のご臨席を得て卒業式が挙行できますことは、私ども関係者にとっても、大きな喜びでございます。改めて感謝申し上げたいと思います。

さて、皆さんと出会ってはや6年が経ちました。皆さんが毎日を一生懸命過ごしたことによって、日々の価値はどれほど高まったかと思います。その結果としてこうして卒業証書を渡すことができました。今お渡しした卒業証書は、皆さんが日々を一生懸命過ごしてきたことの証です。

そしてまたそれは、皆さんを支えて下さった保護者の方々のご愛情、登下校の安全を見守ってくださった地域の方々のご援助、先生方の熱心なご指導の賜です。感謝をもって卒業いたしましょう。

ところで、私からは皆さんに本当に尊敬をこめて感謝をしたいことがあります。皆さん、それは何だと思いますか? もちろん一人一人が学業で成果も挙げましたし、さまざまな校外活動で目覚ましい活躍もしました。それらに対する努力も当然称えられることですが、ここで感謝したいことは、個々人ではなく、皆さん全員に向けてのことです。

それは、この6年間、朝礼で主の祈りを唱え聖歌を歌い、終礼でアヴェ・マリアの祈りをまじめに唱えてくれたことです。朝夕に祈りを唱え続けるというのは、カトリックの信者でもなかなかできないことかもしれません。それを6年間続けたのです。毎日祈りを続けたということは、皆さんにとっては無意識すぎて当たり前すぎることかもしれませんが、でもそのことの意味の大きさは計り知れません。

晃華学園で過ごしてきた日々を出発点にして、これから皆さんは一人一人別々の人生が展開していくことになります。その折々に、この祈りが思い出されることがきっとあります。辛いことにあった時、親しい人が病気になった時、自然災害のような大きな困難に遭遇した時、また反対に心が喜びにあふれ感謝でいっぱいのとき、祈りは計り知れない力を与えてくれるはずです。

神様はこの世界を創ってよしとされました。それは存在するものは善いものであるということです。世界が苦難に満ちているものとして感じられたとしても、その存在を肯定することです。それは恵みに備える自由な意志なのです。これから少しずつ社会に出ていくにつれて、さまざまな困難に出会います。でもその困難な状況を否定せず耐えます。自由な意志で耐えるのです。そうするとその日、その出来事のあった日は、さまざまな驚くほど豊かな知恵と環境に満ちた神の恵みの日となるのです。祈りは恵みに備える自由な意志を育てます。

そのことは皆さんを強くし、生涯支えるでしよう。皆さんは晃華学園で祈りを学んだのです。

保護者の皆様にも、今日卒業するお子様はこの校舎に足を踏み入れ、祈りで一日を始め、祈りで一日を終えた6年間を過ごしてきたのだ、ということを思っていただきたく存じます。それをイメージしますと、皆様の心の中に圧倒的な感情が湧きあがるのではないでしょうか。

ところで,これからの社会がどうなっていくのかと考えますと、何か予想がつかないな、という思いを将来に対して感じます。私のような者が思い出す昔、昭和時代とは、よほど変わってしまいました。これからの変化は、さらに計り知れないものになるでしょう。そういう変化の激しい時代に、どうやって生きていけばよいでしょうか。

皆さんは、レッドオーシャン、ブルーオーシャンという言い方があるのを知っていますか? これは海を借りて、人間がどのように生きていくのかを表した言葉です。青い海というのは、自分の才能を伸ばして、活き活きと生活していることです。イメージできると思います。レッドオーシャンというのは血の海を連想させ、恐ろしいですが、これは皆同じようなことをして、狭く争い合っている生き方を表しています。発想と欲望が皆同じようなら、そこに皆群がるのですから、わずかなことをめぐる争いが起きるのは当然です。これがいいと言っている、あれがだめだと言っているという噂が取り巻く周りの状況に巻き込まれると、そういう状況に陥ります。どんどん社会は変わっていきますが、右往左往しないで、自分とはいかなるものであるか、これからしっかり自分探しをして下さい。

そうして主体的に学ぶことができれば、自我が身体の隅々まで浸透してのびのびし、日々夢中になることができます。しっかりした考えを構築して将来を切り開いてほしいと望んでいます。

 

最後に、パウロのコリントの信徒への手紙から、「神のために力を合わせて働く」という箇所を、卒業する皆さんへの言葉として贈ろうと思います。晃華学園の教職員がこの卒業の日までどういう思いで皆さんと関わってきたかを物語る、聖書の言葉です。
「アポロとは何者か、パウロとは何者か。この二人は、あなたがたを信仰に導くためにそれぞれ主がお与えになった分に応じて仕えたものです。わたしは植え、アポロが水を注いだ。しかし、成長させて下さったのは神です。ですから、大切なのは植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させて下さる神です。植える者と水を注ぐ者とはひとつですが、それぞれが働きに応じて自分の報酬を受け取ることになります。わたしたちは神のために力を合わせて働く者であり、あなたがたは神の畑、神の建物なのです。」

 

本当に、ご卒業おめでとうございます。皆さんの人生の原点が晃華学園であり、いつまでも心の支えであることを願って、私からの告辞といたします。

 

皆さん、新年あけましておめでとうございます。お正月はどう過ごしましたか。日本のお正月はとりわけいいものです。わたしたちは年度で動いているのでまだ新年度まで3か月ほどありますが、やはり気持ちが改まるのは、一年の終わりと始まりの、この時期ではないでしょうか。

先ほどの聖書朗読で、旧約聖書の「創世記」が読まれました。新年にふさわしい箇所でした。

神は言われた。
「光あれ。」
こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。

この創世記の第1章、「天地の創造」の最後にこうあります。

神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。

大切なのは、神が世界を創造されたとき、それを良いものとしてお造りになったことです。このことはお正月の気分として、実感できることですね。

でもなぜ毎日の生活に苦しみがあるのでしょうか。そこに、神から離反した人間の罪の問題があります。アダムとエバのことが、旧約聖書のこのすぐ後に書かれています。

苦しみは罪から来るのです。起きてくる困難は、天地から来るのでなく、罪から来るのです。その罪のあがないとして、イエス・キリストはこの地上に生まれました。

皆さんは能率手帳を持っていますね。でもこれからの日々はまだ真っ白ですね。それはこれから天地で生きていく良い世界です。そこにわたしたちの毎日のおこないが書き込まれていきます。それがイエス・キリストと共に歩む日々でありますように。

 

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